心と波動の世界の質疑応答集

運命はすべて決まっているか
運命はすべて決まっているか


それは、神のみぞ知る。

としか言えないでしょう。


高橋信次先生は、人の思うことは、神であっても変えられない、というようなことを言われておりました。


運命はすべて決まっている。

いや、このようにしたから、運命が好転したんだ、ということがあっても、それも、そのようになるように実は全てが決まっているのです。

というような事を、以前某講演会で聞いたことがあります。

それによると行動はおろか、思うことも全て決められてきているようです。

それは、幸不幸に関係する事も含めて、努力とは関係なく実はあらかじめ全て決められているだけなのであると・・・

今は亡き、小林正観さんという方のお話です。

その時は、少々頭の中が混乱ている自分がありました。


先日、ある方に良い本だからと、書棚にある小林正観さんの本を貸してあげました。

そうしたら、その中にも同様なことが書いてあったようで、その方も戸惑っていました。


では、実際はどうなのでしょう。


・・・答えは・・・


確かめようがありませんから、

分かりません。


ただ、自分自身で納得できる事を、信じる。

それしかないと思います。


何を信じるか。

誰の言葉を信じるか。

どのような事なら、腑に落ちるのか。


私自身は、高橋信次先生の言葉を第一に思い、考え、信じている人間です。

それによりますと、

(多少ニュアンスが違うところはあるかも知れませんが)


この世の他に次元の異なった、あの世というところがあります。

それは死後の世界であり、またこの地上に生まれてくる前の世界でもあります。

あの世から、この世に生まれてくるときに、生まれてきたらどのような人生を送るのか、かなり綿密に計画してくるのだそうです。

当然一人では生きていけないし、人との関わりで人生は大幅に変化もします。

それなので、一緒にその時代に生まれてくることたちも含めて、計画がなされるようです。

(複数の人たち、それもかなりの大勢になると思います)

身近なところでは、親子、兄弟、親族、そして学校から始まり、職場での人間関係、そして夫婦の縁組み、そこから次につながる親子関係と・・・無限にそれは繋がっていきます。

ですから、出会うべきして出会う。

意識する、しないに関わらず、無意識の中に仕組まれている。

それは好き、嫌いに関わらずです。

当然ながら、職場や仕事の選択も、あらかじめ決められてきます。

諺にもあります。

「袖する合うも他生の縁」と。


そしてその中で、最大限に活躍出来た時、人生に喜びが生まれ、運気も上がった状態になる。

しかし、それが上手く活用できず、脱線してしまったときに、人生の苦しみ、苦悩が生まれ、不幸という現象が起こる。


それは、その時の心の状態いかんによるものだ、というのです。

単純に言えば、心の中が、怒り、妬み、グチ、非難中傷などの想いでいっぱいになる、自暴自棄になったりし、心がスモッグに覆われていったときには、決めてきた人生の枠の下限まで、あるいはそこを突き破って際限なく下に落ちてしまう。

心が太陽のように、常に輝いていて、そのまま明るい心で生きていった場合は、限りなく決めてきた人生の枠の上限まで上がり、有意義な日々を送ることが出来る。

という事のようです。

同じ事をしても、人それぞれ想い方、感じ方は違います。

幸不幸は、同じ環境にいても一人ひとり境遇が違えば、味わい方も違います。


人生は、生まれてきた以上、生まれてきた環境という枠の中で、少しでも心を丸く、明るく、大きくしていかなくてはなりません。

想うことは、その人の自由です。

何人も、相手の行動を支配できても、心の思う事の自由を奪うことまでは出来ません。


また結婚などに関しても、この世に生まれてきた都合で相手が変わってしまっても、それも自由なのです。

あの世で決めてきたことであっても、この世の都合でいくらでも変わってしまうのが現実の姿なのです。

(ただ、その場合は、本来の生き方と違ってくるので、上手くいかなくなるようですが・・・)


思う自由があれば、当然、日常での選択する自由も出てくるはずです。

ただ心が進化し、正しい道を求めるとき、本来の決めてきた計画に沿った人生に、無意識のうちに向かって突き進みながら、人生を全うしようとするでしょう。

その時、その人の心と、その周りには天国の世界がそのまま現れることでしょう。

それはそのまま、その人の行くあの世の世界を現します。


逆に、自分勝手な思いで、自由に想い、自分勝手な選択をすると、本来の生き方からは大幅に脱線し、予定にはなかった想定外の転落の道が待っている事も知らなくてはならないでしょう。

その時には、その人の心とその周りには、地獄の世界がそのまま現れることでしょう。

それはそのまま、その人の行くあの世の厳しい世界が待ちかまえています。

それはその人の心に見合った、この世の「善」という要素を抜き取った、争いと混乱のみ世界になるからです。


何を想い、何を選ぶか、それはその人の心の持ち方一つだ、と言うことだと思います。


波動測定を通じても、よく思いますが、未来の姿は今の心の延長線である、という事です。

とすれば、今の生き方を正せば未来の姿も正されるという事になります。

結果、運命は変化するという事になります。

そのように考え、正しいと思える生き方を模索し、そして進むことが人生の幸せな道を歩むことになると思います。


運命が決まっているか、どうかはさておいても、人間らしく正しく生きることは大事だと思います。

安易な運命論には、翻弄されないように心がけたいものです。

全ては、私たちの一瞬一瞬の心の針の向いている方向に、運命は引っ張られているということを自覚していきましょう。



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Comment

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平田さん、コメントありがとうございます。
JESの社長さんの方ものぞいてみます。
やはり、正しい見識を持った見方で、進みたいですね。
本年も宜しくお願いします。
| URL | 2016/01/07/Thu 08:46[EDIT]
私はかつて信次先生のからこう聞きました。「天上界にいる時に、ある程度、計画表を(人生の設計図)作ってくる」のだと。
実際の人生の岐路に差し掛かった時はその時の意志によりますが、それは個人の自由意思は神の領域ではと抱かない事。しかし正法に従って四諦八正道にしたがって日常生活を送っていたならば、魂の兄弟たちや守護指導霊のインスピレーションが導きなされて、より良い方向に行くのですと。それが「苦楽の両極を捨て中道に入り」という姿、つまり、運命に翻弄されない生き方の形成です。キリストもディバインヒーリングのなかで、「隣人を愛せよ」という実践行動の中にその運命に翻弄されない生き方が出来ると説いています。それを「一日一生」の思いで実践しなさいといっています。

 穂苅先生、JESの社長のブログにも平田でコメントを書いています。宜しかったら御覧ください。
平田 | URL | 2016/01/06/Wed 06:24[EDIT]
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